Hi Betty!

蛇とナイフ




「…ねぇ、何してるの?」
「何も。」

彼は私を膝に抱いたまま、何食わぬ顔で答える。
テーブルを跨いで奥にある二十四インチの画面では、右腕に蛇の刺青のある男が左腕にも墨を入れているところだった。

「……何もじゃない。」
「じゃあ、何をされているんだい?」

彼は聞き返す。
映画が始まるや否や、彼は二人掛けのソファで今の今までずっと私を抱き抱えて離さなかった。
時に肩に顎を乗せ、時に髪を撫で、時に強く抱いてみたりしては、幼い子供のように気を引こうとするのだ。
彼にこういった行動があるのは以前からなのだが、今日は少し度が過ぎているように思えた。
彼は今も、画面を見ながら私のスカートに手を忍ばせ、腿の付け根を撫でていた。

彼との関係は至ってドライなものだと認識していた。
友達を作ろうとしない彼とグループに馴染みきれていない私。
お互いに人付き合いにはやや冷めているからか、気遣い紛いで心にもないことを言う必要がなくて楽なのだ。
どことなく感じている空白を埋めたいだけの関係性なのだと思う。
私にとって彼との時間はちょっとした休息のはずだった。
ただ、最近は密接になりすぎているのかもしれなかった。

「…ここ、触る必要があるわけ?」

私は腿の間で挟むようにして彼の手を止めた。

「何でだろうね。」
「私が知るわけないじゃない。」

振り返れば、彼と目が合った。
流線的でどこか柔らかさのある瞳は、悪びれる様子もなければ、寧ろこの場を楽しんでいるようにも見えた。
私は肉体的な関係など望んでいなかったが、もしかしたら彼の目的は最初からこれだった可能性もある。
本当にそうなのだとしたら、利害の不一致と判断せざるを得なかった。
人一倍綺麗な見た目をしているのだから、もっと釣り合う人間を選べばよかったというのに。

「それは困ったね。」

彼は耳元で態とらしく囁くと、耳の縁にゆっくりと唇を這わせた。
反射的に身をよじらせてしまったが故に彼の足が股に滑り込み、押さえつけていた彼の手も自由になる。
伸ばした手も容易く絡め取られ、蛇に巻かれたも同然に私はがんじがらめだった。

「ねぇ…」

彼は私の呼びかけを聞いているのかいないのか、ショーツの上から中心に触れ、ゆっくりと凹凸に沿うように其処を撫でる。
彼が辿った後は奥の方が疼くような感覚があった。

-馬鹿みたいだ。

このまま止めずにいたとしたら、彼は蛇のようにするすると私の身体を這いずり、食し、満足したら何処かへ消えてしまうのだろうか。

-その後の私は?

本当に馬鹿みたいだった。
それでもまだ彼を拒絶することを恐れているのだから。

「濡れてる。」

彼は入り口に指を沿わせた。

「…しらなっ。」

逃れようとする私とは裏腹に、彼は造作もなくショーツの下に手を潜り込ませ、直接愛液を掬い取る。

「こういうことだけれど。」

彼の声が耳元にねっとりと響いた。
最悪だ。
入り口を往復する度にショーツの下で微かに水音が鳴るのが癪だった。
望んでなどいないのに、水音は収まるどころか増していくばかりで、欲していると言われたとしても言い訳ができなかった。
最も意に反していたのは、好意のある相手に抱かれでもしているかのような錯覚があることだった。
自分より大きな骨ばった身体に包まれていることが不思議と心地良いのだ。
普段から彼といると居心地がいいのもあるのかもしれない。
彼の腕の中で秘事を共有する高揚感、止めどなく溢れる愛液、指先の動きが入り混じって、少し変な気分になっていた。

「……ぁんっ。」

愛液の絡んだ指で蕾を摘み上げられれば、身体が跳ね上がった。
彼はそのまま蕾を転がす。

「やっ…、それっ。」
「嫌なのかい?」
「ん。」

問いかけには頷くが、正直なところ本当に嫌なのかがわからなかった。
彼に撫でつけられると奥の方が熱くなって、じんじんと痺れてどうしようもないのだ。
抵抗もせずに縋るように甘い声を漏らし、しがみつく様は我ながら不似合いで気持ちが悪かった。
彼が手を止めるので顔を上げれば、綺麗に切れ込んだ瞳と目が合った。

「君もそんな顔をするんだね。」

クジャは淡々とショーツずらし、お尻の膨らみを掴みあげた。
愛液が重力になぞらって後ろの方へと伝う。

「…したくてしてるんじゃないわ。」
「そうかい。」

彼の手が入り口へと回り込んだ。
濡れたショーツの隙間からまるで私の発言を確認するかのように、指先が埋められていく。
蕩けた其処があまりにすんなりと彼を受け入れるので、驚いたのと同時に気恥ずかしかった。
このまま進んだら、どうにかなってしまいそうだった。
彼の腕の中で誰にも触らせたことのない場所を弄ばれ、誰にも見せたことのない表情で身じろぎ、喘ぎ、其処をだらしなく濡らす。
彼にとってはいい催しなのだろうか。

-持っていかれたら、お終いなのに。

何故か目元から頬にかけて生温かいものが伝った。
大事なものを失ってしまう予感がしていた。
彼がそんな私の様子に気がつくのはすぐだった。
彼は私の目元に溜まった水分を拭うと、頭に手を置いた。

「僕が君の考えてることを想像できないとでも?」

-それなら…!

言い返そうとするが、叶わなかった。
彼は私の唇を塞ぎ、全てを隈なく自分のものにするかの如く貪っては、いじらしそうに頬を撫で、力のままに抱き締めては、小鳥がついばむように口付けをした。

「どうしたものか、全部欲しくて仕方ないんだ。」

彼の手のひらが太腿から上り詰め、ショーツを下ろすと再び指先が埋められていく。

「…怖い。」

ぽつりと口から溢れた。

「……手、握ってなよ。それと、不安なら止めるんだ。」

彼は素っ気なく告げると、私の手をとり、反対の手で解すようにして膣壁を広げていく。
思わず握っていた手に力が入った。

「大丈夫だよ。」

彼はそう囁いて、私の中のあらゆるところを壊れものを扱う要領で丁寧に愛撫し、溺愛した。
苦しかった。
ずっとずっと蓋が外れてしまわないよう、胸元に抱えられていたのだから、いつも通り大人しくしていればいいというのに、彼に愛玩されると、神経が狂ったみたいに過剰に反応して、壊れそうなくらいに暴れて、私に不必要な感情と感覚を伝達するのだ。
耐えられそうにない私は目の前に映る、彼のシャツを掴んだ。

「なんだい?」

底の見えないブルーの瞳がこちらを覗き込む。
望むように助けてくれなどしないことはわかっていた。
それなのに、私の瞳は彼の瞳に何かを懇願していた。
お願いだから、蓋が開かないでほしかった。

「これじゃ、…好きな人としてるみたい。」

静かな部屋に言葉が流れると、現実が戻ってきたような気がした。
彼は小さく笑い、こめかみに唇を落とした。

「そろそろ限界かな。」

彼はベルトを外し始めた。
金属音の後に反り返った彼のものがあらわになる。

「あのさ、ほんとに…?」

彼は私の腰を押さえ、自身をあてがった。

「ああ、ほんとに。」

彼の冷静な声を皮切りに先端が沈み込んだ時だった。
玄関からガチャガチャと解錠の音が鳴る。

「狙ったみたいなタイミングだよ。」
「帰ってこないかもって言ってたのに。」

私たちは急いで身なりを整えた。
クジャは平然と帰ってきたばかりの母親に挨拶し、母親は案の定、彼氏かと茶化した。
映画は終盤に差し掛かっていたようで、刺青の男が女に口付けをして背中にナイフを突き立てるところで暗転した。

***

「わかってることがあるんだ。」

帰り際、彼は切り出した。

「なに?」

聞き返すが、きっと私にとって都合のいい内容ではないのだろう。

「君はたぶん僕から距離をとるだろうね。」

想像した通りだった。
彼にはきっと言い出しにくいことなどないのだろう。

「…なんで。」
「近づきすぎたから、かな。」

彼は人を試すように視線を流し、首を傾げた。
やけに艶やかな仕草なのが憎たらしかった。

「…私がどう思ってても、したいようにするんでしょ?」

彼が反応を伺うわりに、こちらが何を思っているかに関してお構いなしなのは、今に始まったことではなかった。

「さあね。でも、先端しか入っていないのは中途半端だと思うんだけれど、どうかな。」
「……そんなの知らない。私に聞かないで。」

彼は笑い、私の頬に触れた。
本当はあの時、このまま彼と繋がってしまいたいと少しだけ思ってしまったのだ。

「ねぇ、顔が赤いけど。」

私が慌てて頬の手を払うと、彼は嘘だと付け加えた。