Hi Betty!

最後のひとつ

ぐだぐだーっと夏っぽいネタを
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「クジャ!」

屋敷に帰宅した私は真っ先に彼を探した。
書斎にベッドルーム、ドローイングルームからギャラリーにホールやダイニングルームまでとにかく、部屋という部屋をいろいろとだ。
それと、恐る恐るベッドの下を覗き込んでみたりもした。(もしここで見つけちゃったら、そこそこ精神が削られるけど。)

「ねぇ、クジャみた?」

念のため、通りがかった使用人にも聞いてみるが首を振る。

「ああもう、どこいったの?氷ないと溶けちゃう。」

今日は出かけないと聞いていたのだが、すぐに見つかりそうにないので、クジャを探すのは一先ず諦め、キッチンへと向かうことにした。

「ねぇ、冷やせる?」

私はキッチンで食器を洗う料理人に尋ねた。
料理人は私の手元を見て、罰の悪そうな表情を浮かべる。
先程、書斎で読書をするクジャにシャーベットを渡したばかりだというのだ。
料理人は私が出かけている間だったこと、デザートが被ってしまったことに詫びを入れた。
なんでも最近は特に暑いので、特別に用意していたのだとか。

「私が買ってきたのは露店で売ってたやつ、クジャが食べたのはあなたが私がいない間に気合いをいれて作った、たぶんおいしいやつ。」

皮肉を込めてはいるものの、私が帰りの時間を伝えずに屋敷を出ることは度々あり、それについては致し方ないことだと双方が認識しているので、問題はなかった。
料理人は私が買ったシャーベットをしばらく冷やした後、気を利かせて、自分が作ったものと合わせてガラスのデザート皿に盛り、フルーツの桃を添えた。
残った分はディナーの際のデザートにするとのことだ。
このままひっそりと一人でシャーベットを食べるのも癪なので、クジャに自慢くらいはしておきたかった。
ちなみに、書斎は真っ先に探したはずだというのに彼はどこへ向かったのか。
料理人が氷の入った器を用意してくれたので、私はそれを持って再びクジャを探すことにした。
氷は仕入れるのに手間が掛かることから値が高く、庶民の家にはあまり置いていないものなのだが、大貴族様のお屋敷ともなれば別だった。
もちろんシャーベットだって安いものではない。
使ったのは私のお金なのだが、どうしてそんなものを買う気になったのかはクジャには言えるわけがなかった。(雑居区で賭博して勝ちまくっただなんて口が裂けても。)
クジャには家のお金だと思われているはずなので、聞かれることはないと思うが。

「なんでこんなところにいるの?暑いのに。それに、屋敷中探したのよ。」

ようやく見つけたクジャはバルコニーの木陰でコーヒーを飲みながら何か考え事をしているようだった。

「それは元気なことだ。」

彼はいつも通りやや冷めた調子で受け流す。
こちらはそこら中を走り回ったというのに。

「ほんと他人事。」
「それで屋敷中探して回った愛おしい僕に何の用だい?」
「…重要な用事はなくなったわ。ここ、シャーベット溶けそう。」

私も深くは語らず、ただ場所だけが気になるので彼の腕を引いた。

「まったく、自由だね。君の分は僕のと少し違うみたいだ。」

私の意図を察した彼は器を覗き込みながら立ち上がると、室内へと繋がる扉へと足を進める。

「そう。私の方がいっぱいあるし、種類も多いの。」

私は彼の後に続き、言ってやりたかったことを口にした。

「食い意地が張っているじゃないか。」
「そういうことじゃない。」
「わかったよ。聞いてあげればいいんだろう?重要な用事は何だったんだい?」

彼は気怠そうに扉を開くと、先に入れと背中を押した。

「むかつく。」
「話が進まないんだけれど。」

相変わらず彼の態度は鼻につくが、話を飛躍させるのはやめておいた。
一々相手にしていると彼も言っている通り、収集がつかなくなるのだ。
ここはお互いの相性の悪いところだと思う。

「それで?」
「シャーベット、さっき買ってきたばっかりだったの。……被ったけど。」
「それで、僕を探したって?」

一緒に食べたかっただなんて思われるのは意に反しているので、返事の代わりに彼を睨んだ。

「気の毒だね。貸しなよ。」

クジャは私から器を取り上げると、わずかに溶け始めているシャーベットを掬い上げ、私の口元に差し出した。
私は差し出されたスプーンを見つめながら、彼の考えていることを推測した。

-やっぱり一緒に食べたかったけど素直に言えないんだって思われてる気がする。

「自分で食べるからいい。」

私は断るが、彼は引き下がる気がないようなので、渋々スプーンを口に含めば、ひんやりとした感触と果実の甘みが舌へと広がった。
勿体なさを感じつつもシャーベットを飲み込めば、わずかな冷気を残して喉の奥へと消えていく。
彼を見上げれば、再度スプーンが差し出されたので、それも口に含む。
最後に食べたのがいつだったかは思い出せないが、やはり、儚さをわずかに感じさせるこの甘味は美味しかった。

クジャは座ろうと言って、すぐ近くのドローイングルームに移動し、ソファへと腰掛けた。
私も彼を追って隣へと座れば、膝裏を掬われ、彼の腿の上へ乗せるよう促された。
そのせいでバランスを崩しそうになるのを抱き止められると、縋りつくような体勢になっていた。

「ねぇ。これなんの意味があるの?あと早く食べないと溶けちゃう。」
「そんなに好きなのかい?」
「食べられなくなったらもったいないだけ。」

実際には好きなのだが、素直に言うとからかわれそうなので、適当にそれらしいことを返す。
もうこの体勢の時点で舐められているのは明白なのだろう。

「あげるから少し黙っていなよ。」

彼はまるで動物に餌でもあげるように言い放つと、切長な瞳をデザート皿に向け、シャーベットを掬った。
その手つきは言葉とは裏腹に丁寧だった。
今度は端正な横顔がこちらを向くので、彼と視線が交わる。
対象が私になっても彼の手つきは変わらずで、そっと顎先を持ち上げるようにして掬ったそれを流し込んだ。
シャーベットが口の中に落ちるのに合わせて、彼の手が戯れるように頬を撫で、耳の縁をなぞる。
これが何の合図かはよく知っていた。

「……百歩譲って食べさせるのはいいけど、普通にして。」

私は彼の唇が重なる直前で制止する。
こうなると長くなることは容易に想像ができた。

「黙っててって言ったはずだけど。」
「なら自分で食べる。」

器を取ろうとすれば、今度は彼が私を止めた。
もう中身が溶けてきているというのに。

「君は僕よりもこれが好きなのかい?」

彼はシャーベットの器を片手で持ち上げてみせた。

「知ってる?シャーベットは今食べないとなくなっちゃうけど、クジャは後でも大丈夫なのよ。」
「へぇ。」

彼は不服そうに眉を顰めた。
こちらの言い分は正論だと思う。

「返して。」

私は器を奪い返すと、溶けかけたそれを口に運んだ。
溶けていなければもっと美味しかっただろうに。
少し残念に思ったが、ディナーではちゃんと食べれるはずなのでそちらに期待することにした。
クジャはというと、私を後ろから抱くようにして、髪を弄ったり肩に顎を乗せたりと退屈そうにしていた。
しっかりと機嫌を損ねたようなので、一番最後に残していた桃を食べたら、相手をしようと考えていた。
しかし、思うようにはいかなかった。
クジャが私が食べようとしていた桃をつまみあげて、そのまま口へと放り込んだのだ。

「ああー!!!」

私は叫んだ。
たぶんここ数年で一番声を上げたと思う。

「最後にとってたのってどういうことかわかる?ていうか、自分は食べたでしょ?それに、甘いものとか特別好きなわけじゃないじゃない!絶対、私が食べる方が有意義だった…」

クジャは私への当てつけなのか、桃をつまんだ指先を見せつけるように舐めとる。

「僕より大事なデザートがなくなって残念だったね。」

それから狼狽えることもなく、平然とした様子で答えた。

「ほんっと大人げないのね?年上でしょ?なんで?もう嫌、クジャなんて嫌い!出てく!今までありがとうございました!」

私は感情のままに立ち上がり、言いたいことをぶちまけて何の計画もなく部屋を、いや家を出ていこうとしたのだが、彼が私の腕を引くので、また彼の膝の上へと収まることとなった。
そこでやり取りした内容はしっかりと覚えていないが、なんとなく、クジャが通常より低姿勢だったのと、その後にご機嫌取りをされた記憶が朧げに残っていた。
確かこんな感じで始まったのだと思う。

-…君って怒るポイントがずれてるって言われないかい?たぶん今までで一番怒られてると思うんだけれど、とりあえず、謝るから戻りなよ。
-…でも桃食べたじゃん。
-桃もシャーベットもまた用意すればいいだろう?
-…その瞬間はもう戻ってこないのよ。
-ああ、戻ってこないね。年上で大人げない僕が悪かったよ。
-…桃増し増し。
-桃でもバナナでも苺でも好きに増やしたらいいさ。君の機嫌が戻るのなら如何様にでも。

それで…そう、いつの間にかに、さっきは邪魔をされたと因縁をつけられて、彼の唇が………
って、この先はもういいでしょ?

***

料理人が言っていた通り、ディナーの後にもデザート皿の上にプリンとジェラートと生クリームが盛り付けられ、運ばれてきた。

「やった!」
「結局、夜の分もあるんじゃないか。」

クジャは呆れた表情で、デザート皿を見つめていた。

「仕方ないでしょ。残ってるんだもん。」
「…大人げないのはどっちだい?」

私は彼を睨み、ジェラートを一口食べた。