Hi Betty!

エコロジーなバレンタイン #2

バレンタイン翌日のお話
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昼休みに入ってすぐのことだった。

-あれ、クジャじゃない!どうしたのー?
-ねぇねぇ、私のチョコ食べてくれたー?

教室の入り口の方で女の子達が彼に話しかける声が聞こえた。
このクラスに彼がやって来るのは珍しいことだった。
誰かに用でもあるのだろうか。

-友達はいないだろうから、きっと事務的な用事ね。

私は通学用のバックからランチボックスが入った小さなバックを取り出すと、彼と目を合わせないようにして、いつものメンバーのところへ向かった。
何事もなければ、このまま彼女らと一階のカフェテリアに移動するはずだった。
しかし、予定通りにはならなかった。

「この子を借りてもいいかい?」

背後から聞き覚えのある声がしたかと思うと、肩に手の重みを感じた。
咄嗟に横を向けば、声の持ち主の尖った顎先が至近距離にあり、丁度いい言葉で言い表すと肩を抱かれているという状態になるが、どうしてこうなっているのかについては全く理解が及ばなかった。
本来、一緒にランチを食べる予定だった四人は一瞬、驚いたように顔を見合わせた後、クジャの申し出を快く承諾した。
彼は昨日とは打って変わった、柔らかな表情でお礼を言うと、私の手首を掴み教室の外へと連れ出した。
去り際に、クラス中の視線がこちらを追っているのがしっかりと見えた。

「知ってる?今日はバレンタインデーの次の日だって。みんなが考えそうなこと、想像できるでしょ?…私、目立ちたくないの。」
「それは災難だったね。上に行くよ。」

クジャは私の手を離さないまま、階段を登る。
目立ちたくないという要望に対して、配慮しようという気持ちはこれっぽっちも持ち合わせていないらしい。
彼に連れられて着いたのは、四階の空中庭園だった。

「それで、何の用?」
「暖かいから外でも大丈夫だと思ったんだ。思った通りでよかったよ。」

クジャは奥の方の適当なベンチを陣取った。
季節のせいもあってか、私たちの他に人はいなかった。

「あなたの休憩に私が必要な理由ってある?」
「ふふ、身も蓋もないねえ。」
「一人が好きなんじゃないの?」
「基本はね。嫌なら彼女達のところへ行ったらどうだい?」

彼は私の行動になど興味がないとでも言いたげに足を組み、さほど高くもなければ、低いともいえない、庭園からの景色を眺めていた。
私は諦めて彼の隣に腰を下ろした。

「いい。誤解を解くだけで昼休みが終わるのはもったいないわ。」

今から下へ向かったとして、休憩時間が彼女達からの質問責めで終わることは明白だった。

「僕も嫌われたものだよ。」

クジャはわざとらしく肩をすくめてみせた。

「だって、わかる?あなたと付き合いたい女の子はいっぱいいるの。下手したら、ロッカーを開けたら中の物がズタボロ…なんて落ちが待ってるかも。」
「はいはい、悪かったね。」
「…言ってる先から。」

さっきから、よく鳴るスマホを取り出してみれば、付き合ってるの?バレンタインに告白したの?といったメッセージがカフェテリアの彼女達を含め、クラスの多方面から届いていた。

「…牽制の効果はあるって考えて問題ないかな。」
「何か言った?…あー、もうこれなんて返信したらいいの。」

一旦、後で考えようと諦めた瞬間。
手からスマホが抜き取られた。

「あ、返して。」

彼は、私の手が届かないよう押さえつけながら、私のスマホを操作し、自分のスマホにかざした。
何をしているのかはすぐにわかった。
クジャが私を押さえていた手の力を抜くと、バランスを崩した私の身体は、彼の腕の中にすっぽりと収まった。

「ごめん!」

慌てて身体を起こそうとするが、叶わなかった。
状況がよくわからず、彼を見上げる。

「少し待ってくれるかい?」

クジャは私にスマホを返すと、今度は自分のものを操作した。

「これで登録できたかな。」
「うん、来てる。」

画面にはクジャからのメッセージが表示されていた。

「ねぇ、……いや、いいや。ご飯、食べたらどうだい?」

彼は私を解放した。
言いかけた言葉は気になるが、私にはもう一つ気になることがあった。

「クジャは?」

何を思ったのか、彼は小さく笑った。
どこか愛おしげな、いつもより優しい目をしていたように見えたのは気のせいだろうか。

「僕はいつも食べないんだ。」
「じゃあ、半分あげる。」

私はランチボックスをバックから取り出し、膝に乗せると蓋を開けた。

「 別にいいよ。」
「ううん、あんまり食欲が湧かないの。…誰かさんのせいで。」
「根に持っているんだろう。代わりに返信してあげてもいいけれど?」
「…なんか怖いから、遠慮しとく。」

結局、クジャと私はサンドイッチを半分ずつ食べ、昼休みが終わるギリギリのタイミングを狙って教室に戻ることにした。

空中庭園を後にして、階段を下った後、教室の前でクジャは私を呼び止めた。

「また誘ったら来てくれるかい?」

彼は私だけに聞こえるよう、耳元に口を寄せ、小さな声で尋ねた。

「目立たないように誘ってくれるならね。」

私も同様に周りに聞こえないように返したが、その次の瞬間だった。

-ほら、もう授業が始まるぞ。イチャイチャしてないで席に戻れ!

一際、声の大きい国語教師の注意がフロアに響いた。
教室を出た時と同様に、クラス中の視線がこちらに集まっていた。
私は身体から血の気が引くのを感じた。
クジャはというと、この本末転倒な結末にお腹を抱えて笑っていた。