Hi Betty!

バニーガールと秘密の夜会 #1

夢主の救出話。とても捏造で使い捨てのオリキャラが登場します。珍しく戦闘シーンあり。
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小麦粉を買ってくる。
そう言って彼女は出かけたきりだった。
買い出しなんて別の人間にやらせればいいというのに、彼女は外に出たい気分だといって聞かなかった。
彼女がこういうよくわからない申し出をする時は、出かけ間際にカードを懐にしまう姿を目にすることが多い。
彼女の行動には大方察しはついているが、あからさまに隠されると気になるものだった。
隠すのならもっとうまくやってくれないものか。
と思うのだが、彼女本人もひた隠しにしたいという程でもないのだろう。
とはいえ今日は帰りが遅かった。
普段から午前零時までには帰ってくるように言ってはいるのだが、すでに時計の針の短い方は零を過ぎ、長い方は八を過ぎようとしているところだった。
零時だって夜型の彼女のために、かなりゆとりを持たせているのだ。
まぁ、言ってしまえば午前八時も午前二時もトレノでは常に夜ではあるのだが。
それはいいとして、これが破られたことは過去に二度ある。
一回目は失踪、二回目は酒が原因だった。
僕はそろそろ待ちきれなくなっていた。
世間では、過保護だとか重たいとか言われるのかもしれないが待てないものは待てないのだ。
#name#は警戒心や危機察知能力というものが欠如しているし、そもそも彼女なしのベッドで眠るなんて考えられなかった。
心を決めて席を立った時、使用人に呼び止められた。
#name#に関する情報があるとのことだった。

使用人の話は、

今日のオークションが終わった後に忘れ物を取り戻ったオークショニアから#name#がナイト家の屋敷に入るのを見たという話を聞いた。
ガタイのいい男が荷物を運搬するのに付き添っていた。
荷台には木箱と中身は見えないが檻のようなものが載っていた。
彼女はバニーガールの格好で瓶の入った箱を手に持っていた。

というものだった。

オークションが終わったくらいなので時刻は午後の六時くらいだろうか。
小麦粉を買うだけでどうしてそんなことになるのか、全くもって理解が及ばなかった。
僕はまず先にこれから向かう旨の手紙を書き、キング家の紋章の封蝋をして、情報をくれた使用人に使いを頼んだ。
ナイト家までは十分とかからない距離だが、便宜上の礼儀と身分証明を兼ねていた。
この時間に訪問する時点で礼儀も何も言えたものではないと言われたらそれまでなのだが。

僕は五分程度時間を置いてから、屋敷を出た。
手紙がナイト家の当主の手に渡るのとほぼ同時に到着することになるかもしれないが、知ったことではなかった。
こちらにとっては緊急なのだ。
大方、寝ているということもないだろう。
当主の趣味は噂に聞いている。

-闘技場気取りってところかな。

ナイト家まで着いた僕は、裏口へと進む。
普段解放されている武器屋の入り口は今日の営業が終了しているため、閉められている。
門番に話をすれば、現在確認中とのことだった。
僕もそうだが、ナイト家の当主もたかがバニーガールの一人くらいで面倒な問題にはしたくないはずだ。
とはいえ、あくまで理論上の話で感情論が絡めば全く別物になるのだろう。
僕はラウンジに案内され、そこで確認の結果とやらを待った。
ナイト家の屋敷は、武器屋を営んでいるだけあって、他の貴族の屋敷に比べると無骨な造りをしていた。
規則正しく積まれた石の壁は無機質に佇み、壁際に飾られた鎧は看守でも気取っているのか、この部屋を監視しているように見えた。
この様子を何かに例えるのであれば、堅牢な城塞だった。
お硬くて遊びのないつまらない部屋。
待たされているということもあるからか、ここ十五分も経たない間で、このラウンジは僕にそんな印象を与えた。
しばらくすると、僕の元に長身の女性がやってきた。
その浅黒く鼻筋の通ったエキゾチックな顔立ちにはどこか見覚えがあった。

「クジャ様、大変お待たせいたしました。私、ジェイダと申します。#name#嬢についてですが、お時間がかかったのには訳があって、…言ってしまうと少々面倒なことになっています。」
「面倒なこと、ねぇ。」

特に意図したわけではないが、僕の頭にはすぐさまいくつかの予測が浮かんだ。
その中で、更にふるいにかけると二パターンに分類できると思う。
#name#をすぐに返せないのは、単純に必要だからだ。
当主が彼女に見出した価値として、可能性のあるもの。
一つは、純粋にバニーガールとしての価値。
酒の相手に丁度いいのか(彼女は、酒という名称だけを借りた、ほどなくジュースに近いアルコール飲料しか飲まないが)、見た目が好みなのか、その辺りはわからない。
二つ目は、彼の歪んだ趣向を満足させるための道具としての価値。
これは、言わなくても大方想像ができるだろう。
彼は、わざわざ闇取引をしてまで、希少価値の高い武器やモンスターを仕入れるような男なのだ。
何故、僕がそんなことを知っているのか。
それは、僕自身も希少価値の高いものは正規のルートでは手に入らないことをよくわかっているからだ。

「ええ。しかしながら、あまり時間もありませんので、移動しながら状況を説明させていただきます。私に付いてきてください。」

そういえば、当主も時折オークションを利用していた。
しばしば、僕の元にも武器や変わった生き物が集まるのだ。

-そうか、彼女はいつも彼に付き添っていたご令嬢か。

思い出したはいいが、それを口に出すことなく、僕はジェイダの後に続いた。
彼女が向かった先は長い廊下だった。

「最初に言っておきますが、この行動は全て私の独断です。主人は熱が入ると話を聞いてくださらないのです。」

ジェイダはこの言葉を皮切りに、#name#がどういった状況に置かれているのかを話し始めた。

彼女から聞かされた説明を要約するとこうだ。

今日の会合は当主が自分のコレクションをお披露目するための、秘密の夜会で選び抜かれた招待客しか入れない。
もちろん、ただコレクションを見せるだけではつまらないので、挑戦者というものをあらかじめ募る。
その挑戦者は、当主が仕入れた武器を使って、当主の愛してやまないペット達と闘い、それに勝てれば多額の賞金を得ることができる。
集められた招待客は、酒の入ったグラスを片手に目の前で血なまぐさい戯れが繰り広げられるのを楽しむのだ。
#name#は今、当主が入手したばかりの今日一番のとっておきと同じ檻の中にいて、檻を出るための条件は、そのとっておきに勝つことである。
もちろん最悪の場合は生きて檻を出ることは叶わない。
闘いが始まったのは約三十分前で、序盤の戦局は順調だったが後半はどうなるかわからない。

つまり、#name#はこの間にも魔物と交戦中で貴族達のいい見世物になっているというわけだ。

「#name#嬢はなかなか鮮やかな闘いを見せてくれました。正直、序盤はあまりにあっさりと魔物達を倒してしまうので驚きました。それにあの見た目ですから、いつにも増して会場の熱量が高いようです。」
「それはそれは、君たちみたいな趣向の人間にはさぞ面白いだろうね。」

白く長い耳を揺らしながら檻の中を駆け回る彼女に向けられる視線が、容易く折れてしまいそうなその細い足を冷たい地面にぺたりとつけ、か弱い少女のように助けを懇願する姿をどれだけ望んでいることか。
当然、本人はそんなことを思い浮かべることなく、可愛らしく見られがちな丸い瞳を少し細め、試してあげるとでも言いたげに澄ました顔で微笑んでみせるのだろう。
いつだって彼女は、闘いの場において、やけに強気なのだ。

「ただ、今日のとっておきの彼は彼女にとっては厳しい相手かと思います。硬さの問題です。今回の相手は重量があるのです。実際、攻撃を当てても彼は蹌踉めきすらしませんでした。あの華奢な身体じゃ無理もありません。そして、彼女は選択にも恵まれなかったようです。この闘いは一つ縛りが与えられて、それは挑戦者が選べます。彼女は魔法を使えないという縛りを選んだのが失敗でした。体格差を埋めるための唯一の手段だったというのに。」
「はぁ、#name#らしいね。」

ジェイダは先程見た闘いについて分析するが、こちらとしてはあまり面白いものではなかった。
彼女も当主と同様にこの秘密の夜会とやらを楽しんでいるようだった。

「ところで、その卑しい戯れを止めるっていう選択肢はないのかい?」
「もちろん止めます。#name#嬢の命があるうちに。…少し、急ぎましょうか。」

長い廊下を突き抜けてからは、地下への階段を下り、また廊下に出ると再び階段を下り、さらに廊下を進むと薄暗い倉庫へとたどり着いた。
この屋敷は高所に位置する手前、縦に広いのだろう。
それもあってか、遺跡の探索でもしているかのように経路は複雑で、最後には財宝でも拝めるのではないかという期待さえ抱きかけたところだった。
というのは、 半分冗談でもう半分は嫌味なのだが、本当に最短経路で#name#の元に向かっているのかについては怪しさを感じずにはいられなかった。
ジェイダは倉庫の入り口付近の棚に置かれたランプを手に取り、灯りをつけた。
心もとない灯りはふと、#name#の命を思わせた。
こうしている間にも、彼女の体力は刻々と削られているのだ。

「会場っていうのは随分遠いんだね。到着するのは、クライマックスを丁度過ぎる頃だなんて、ありがちな展開にはならないといいけれど。」
「疑わないでください。もうすぐ着きます。この倉庫から、会場の檻の丁度奥に位置する部屋に出ることができます。檻には仕掛けがあるんです。この木箱の後ろの出入り口からその部屋に入ることができます。」

彼女が木箱の一部に触れると、付近の壁が回転し、その奥に扉が現れた。

「へぇ、こんな場所が隠れているなんてね。」
「この奥は操作室になります。中には人が一名いるので、その者には少し眠っていただかなくてはなりません。…そこは、お願いしても構いませんよね?」

ジェイダはこちらを振り返る。
内容自体は特に難しいことではないが、結局武力行使の方向性なのであれば、乗り込んでしまった方が早かったのではないか。

「…わかったよ。」

とはいえ、ここで何を言っても仕方ないので了承した。

「ふふ、頼りにしています。では、行きましょう。」

彼女は、その端正な顔で僕に笑いかけると躊躇することなく扉を開いた。
僕は言葉のままに中の人間を眠らせた。
ここで余計なことをして、更にトラブル事を増やすのは御免だったからだ。
振り返るなり、すぐに眠らされた不運な彼は、重みのある音を立てて軟体動物のようなおかしな体勢で床に崩れた。

「ここが、操作室と呼ばれる場所です。特別な装置で反対側からはこちらが見えないようになっています。#name#嬢はまだ無事なようですね。」

正面を見れば、眩いくらいにライトの白光が降り注ぐ檻の中で細身の曲刀を持ったバニーガールがチェーンメイルを纏った自分の倍はあるであろう大きさの魔物と対峙していた。
その周りには既に息のない抜け殻が数体散らばっている。
檻の奥には、テーブルと椅子が並べられ、招待客達がグラスに口をつけたり、テーブルの上の豪勢な食事を摘みながら、闘いに視線を向けていた。
ナイト家の当主は壁際の招待客より一段高い位置にある、玉座のような椅子に悠然と腰掛け、頬杖をつきながら檻の中の様子を眺めていた。

「それで、何をするつもりなんだい?ここで声援を送れば気持ちが通じるだなんて、そんな平和ボケしたことは言わないだろう?」

僕が尋ねている間にも、魔物は#name#に向かって鉄球を振りかざそうとしていた。
彼女は、見飽きたとでも言いたげな振る舞いで鉄球の軌道の外側へと身を翻した。
彼女が鉄球を避けるのも束の間、見た目よりも疾い動きで魔物は次の攻撃に転じる。
魔物の拳が彼女の身体を吹き飛ばすかと思われたが、紙一重ですり抜けた。
そこから、彼女は魔物の懐に滑り込み、跳躍に回転をかけて首元を斬りつけた。
逆手に持った曲刀が上手くチェーンメイルの隙間に入り込んだようで、魔物は首元を抑え、一歩後ずさった。
周囲からは歓声の声が上がる。

「よくあそこまで傷をつけたものです。感心します。それで、この部屋は魔物を放つときや、回収する時に使います。ルール上、一時間勝敗がつかない場合はそこで終了ということになりますが、今回は待っている時間はありませんね。」

ジェイダは操作台の前に立ち、何かを始めようとしていたが、僕は#name#から視線をそらせずにいた。
ここから見える限り、彼女の身体に大きな怪我はないのは幸いだった。
天井の方で金属の擦れるような音が聞こえたところで、ようやく操作台の動きが視界に入った。
ジェイダは、レバーのようなものを操作していた。

「試合が終わった後は、魔物を回収しなければなりません。その時は、こうして上から檻を落とすのです。この音で主人も異変に気づいたかと思うので、確認のために人を寄越すでしょうね。」
「それもなんとかしろって言うんだろう?」
「察しがよくて助かります。…#name#嬢に檻が当たらないようにしなければなりませんね。」

早速、檻の向こうでは当主が従者に指示を出し、それを聞いた従者は奥の方へと駆けていった。
観客席は檻の中の異変に騒めいている。
#name#はその様を煩わしそうに一瞥すると、盛大にため息をついて首を振り、向かってくる鉄球の下を潜り抜けた。
その勢いで魔物の心臓の辺りに曲刀を突き立てるが、あまり効果があるようには感じられなかった。
よく見るとたった今剣を突き立てた箇所だけ、チェーンメイルの色が変わっていた。
同じ箇所を集中して狙っているのだろう。
そうでもしなければ、あの鎧を突き破るのは困難に思えた。

「ねぇ、僕にもお願い事があるんだけれど。」
「なんでしょう?」
「縛りとやらをなくしてほしいんだ。」

先程から彼女に語りかけようと試みているが、檻が魔法を受け付けないのだ。

「なるべくルールには背かない方針ですので、直接、闘いに手を出すというのであれば、了承はできません。」
「反対側の様子を見てみなよ。今更だって思うんだけれど、それは違うのかな。」

ジェイダは、最初にこの行動は独断で行っていると申告した。
本当はこの闘いを続行したいのではないだろうか。
恐らく、檻を挟んだ反対側で今もなお、ペットとバニーガールが戯れる姿を傍観している当主にも話すら通していないのだ。

「この場所は、私達の中では力だけが全ての神聖な場所なのです。それを中断させることですら、苦しい選択だというのに…」
「頑固なものだね。でも、#name#の身に何かあったらこんなお遊びは二度とできなくなると思った方がいい。それでも、僕の申し出を断るかい?」

ジェイダは俯く。
迷っているのだろう。
これは彼女なりに主人を思っての判断なのだ。
もし当主の判断を仰いでいれば、この闘いは既になかったことになっている筈なのだから。

「仕方ないね、少し妥協してあげるよ。とりあえず、魔法はすぐにでも使えるようにしておいてほしいんだ。話しかけるくらいなら構わないだろう?どのみち、彼女自身も続けたがっているのは様子を見ればわかるんだ。…残念なことにね。時間だってもうすぐすれば一時間になる。その代わり、本当に危なくなったら僕は何をしてでも彼女を助けるけれど、それでもいいかい?」
「…わかりました。」

彼女は頷くと、すぐ操作台のボタンを押した。
その動作を引き金に檻を覆っていた魔力を遮断する力が靄が晴れるように薄まっていく。

-#name#、随分と長いことお楽しみのようじゃないか。

僕は彼女に語りかける。
問い詰めたいことは山ほどあるが、まずはやっと手の及ぶ範疇まで彼女に近づけたことが喜ばしかった。