Hi Betty!

パンプキンバイオレンシー

彼女はド派手な魔女だった。魔女というのは推測にすぎないがたぶんそうなのだと思う。オレンジ、紫、白のストライプのサーキュラースカートに黒いコルセットを着用した彼女はチカチカと僕の視神経を刺激する。今日が何の日かが分からない程、世間知らずではない。もうすぐカラフルな瞼の彼女からお馴染みの台詞が聞けるだろう。薄紫に塗られた唇が動いた。

ーーートリックオアトリート

グロスで艶めいた唇の間から歯を覗かせ、シルバーとオレンジで囲われた瞳が三日月型に細められた表情は小悪魔めいて見えた。僕は数秒間考えるふりをした。素直に渡してしまっては面白くない。僕の中の何かが訴えかけるので、素直に従うことにする。

「随分とおめでたいじゃないか。」
「遠回しに一人でパーティ気分に浸ってアホみたいだって言ってる?」

小生意気にソファの肘おきに腰掛けた彼女は一三㎝ヒールのショートブーツを履いた華奢な足をもう片方の足の膝へと重ねた。

「どうだろうね。ところで、もし僕がお菓子を持っていないとしたらどうするつもりなんだい?」
「どうって………」

#name#は眉を寄せ口ごもった。関係性ができあがっているのだ。僕に心を開くまで時間のかかった彼女は遠慮のボーダーラインも厳しめに定めているように思う。本来の彼女は僕に見せる姿よりも奔放であり気儘でなのある。それは、時折僕に疎外感を感じさせるし、敬意のようなものも感じさせる。ただ確実であることは僕が彼女にとっては意識することの少ない目上の部類であり、その中でもまた特殊な位置付けに存在するということだ。

「どちらにせよ、君は僕に悪戯なんてしないだろう?」
「そうだと思う?」
「そう教え込んでいる筈だよ、身体にね。」

僕は#name#に鍵束を投げ渡した。

「………嫌な人。」

彼女は受け取った鍵束を見回しながら呟き、再び口を開く。

「まさか、これがお菓子だとかは言わないよね?」
「食べたいって言うのなら止めないよ。」
「……要するに、この中の何処かの部屋に行けってことでしょ。少し期待しちゃうけど。」

溜め息混じりに鍵束をじゃらじゃらとちらつかせる彼女の表情には期待などこれっぽっちも込もっていなかった。

「楽しみにしてくれて嬉しいよ。」
「よく言うよね。」

彼女はヒールをコツコツと鳴らしながら部屋を出た。コルセットのせいか、ただでさえ細い腰がよりいっそう細く見えた。これから彼女は鉛筆みたいな足をきびきびと交互させ、いつもより広い歩幅で屋敷中を回るのだろう。
彼女の動作に見え隠れする不服の色を確かめるのは酷く気分が良かった。



***



ストライプの魔女は小一時間程戻らなかった。僕はその間、もう読み終えた本のページをなんとなしに捲っていた。けしてお気に入りというわけではないが、ふと思い出して気になったのだ。紙面をびっしりと埋める文字の羅列を斜めに追ってはページ捲る、の繰り返しであったが悪い時間ではなかった。丁度物語がここ一番の盛り上がりを見せる頃に#name#は戻ってきた。

「ねぇ、何処にもないけど。」
「さすがに僕もそこまでは鬼じゃないよ。疲れたのかい?」

トップスキンレザーのアンティークなカウチソファの上で僕が手を差し出せば、不機嫌な表情のわりに彼女は素直に懐へとやってきた。
僕はディムグレーのショートヘアの柔らかい毛流れに沿って頭を撫でた。彼女は若干眉間に皺を寄せるもすぐに僕の胸元に頬を寄せた。そんな彼女の頭を抱き抱えるようにして僕はヒントを告げた。

「既にあるものだけが全てじゃないよ。現状は常に変化し続けているんだ。気付かぬ間に思いもよらないことが起きているかもね。」

側頭部に添えた手を滑らせ、彼女の顎先を軽く持ち上げた。不思議そうな瞳に僕を映した彼女はきっと完全に僕の手中だ。敵陣の将軍の首を取った王様が愛しい将軍の化粧の施された頭部に語りかけるように最後にもう一言を付け加えた。先程の物語でもそんなシーンがあったのだ。

「どうしても僕に悪戯をしたいというのなら仕方がないけれど。」

彼女は一瞬目を見開いた。

「そんなに薄情じゃないわ。ちゃんと探す。」
「さすがは僕の魔女だね。」

僕は彼女の下唇を親指でなぞり、唇をあてがった。従順な彼女は僕の首に腕を回した。



***



「こんなの分かるはずない。」

#name#は文句を言いながら地下の壁の窪みに鍵束のリングを嵌め込んだ。それに伴い、石造りの壁の煉瓦が動き始める。煉瓦は次々と並びを変え、アーチ状の空間を造り上げると動きを止めた。これはこの日の為に僕が数日前に完成させた仕掛けだった。
彼女はまだ中には入っていないらしく、恐る恐る石煉瓦のアーチを潜り抜けた。そのまま薄暗い通路を歩き続けると円状で天上が高い、やけに肌寒い部屋に辿り着く。

「嘘でしょ………」

彼女は部屋の中心を向き、暫く呆然と立ち尽くしていた。彼女の視線の先にはショートブレッドの外壁にマシュマロの屋根、飴細工の窓にチョコレートの玄関を携えたお菓子の家があった。所々アイシングで装飾されたそれは人が余裕で入れる大きさで、その気になれば中に入ることだってできた。

「すごい!わけわかんない、なんで?いつの間に作ったの!?」

彼女はお菓子の家に駆け寄り、感嘆の声を上げながら家の周りをぐるぐると歩いて回った。想像通りの反応だった。

「でも、これどうすればいいの?」

彼女が僕を振り返り尋ねた。

「食べればいいんじゃないかい?君の食欲ならなんとかなるよ。」
「無茶言わないで。それに私、そんなに食い意地張ってない。」
「そうだ、#name#。トリックオアトリート。」

僕は思い出した風に言った。

「待ってて、今持ってくるから。」

はっとして走り出そうとする彼女の僕は腕を掴む。

「駄目だよ、今じゃなきゃ。」

彼女はぽかんとして僕を見上げている。

「どうしようか。君がお菓子の代わりにでもなるかい?」
「持ってきた方が早くない?」

彼女は腕を引くが、僕は離さなかった。彼女は既に何かを察しているのかもしれない。表情に困惑の色が浮かんでいた。

「生憎だけど、君が此所を見つけるまでにあまりに時間をかけるから、僕はかなり待たされているんだ。」
「……わかった。けどちょっとだけいい?」

我ながら理不尽な理由であるが彼女は諦めたように頷き、僕の手を振りほどいた。それからちょっととは何なのか考えを巡らせていれば、彼女の右手が大きく音を立て鮮やかに僕の左頬に入った。俗に言う平手打ちだった。鼓膜がキーンと鳴り、脳が揺さぶられる感覚がある。僕は彼女の思惑通り頬を押さえしゃがみこんだ。恐らく手加減などはしていないのだろう。

「…不意打ちだなんて随分じゃないか。」
「グーじゃないんだから文句言わないで。」

彼女は僕を見下ろし強気に吐き捨ててから、さも平然とお菓子を持ってくると言い残し部屋を後にした。飼い猫に手を噛まれるとはこういうことなのかもしれない。
僕はその後、彼女から焼き目がジャックオランタンのバターサンドを受けとり、彼女はショートブレッドの壁面の装飾の一つを口にして笑顔を見せた。

「どうせ魔女なら甘い言葉で惑わしてほしいものだよ。」
「言っとくけどこれ魔女じゃないから。そうね……かぼちゃの妖精って感じかな。」
「……妖精、ねぇ。」

僕は確実に思いつきであろう語句に彼女が甘い言葉を使いこなすのはだいぶ先であることを悟った。