Hi Betty!

イランイランノキ #2

彼のものに手をかけた。熱のこもったそれは私の手の中で規則的に脈を打っている。私はそっと先端を口に含んだ。彼が私に身を任せてくれている。そんな満足感が胸の辺りで仄かに渦巻いていた。根元からゆっくりと舌を這わせてやれば、彼のものとは思えないほど素直に固さが増していった。上目で彼を伺う。視線に気が付いた彼は私の髪を撫でた。私は彼を一層深くくわえ込んで頭を前後させる。彼は小さく吐息を漏らした。人を一番従順にさせるものは快楽なのではないか、この瞬間になると決まってこんな発想が過った。それくらいにこの時の彼は素直に表情を露にするのだ。

「#name#、おいで。」

私はベッドに座った彼に言われるまま腕の中に抱え込まれる。“いつの間にかに上手になったね”、彼は小さく囁くと腿の裏を掴み、膝を立てるように促した。偶然視界に映ったベッドルームの窓枠の中ではパール粒くらいの月が端の方で佇んでいる。なんとなくだがこの夜が永遠に終わらないような気がした。

「催眠術。」
「ん?」
「何か、魔法使ってる?」
「まさか。色事で魔法に頼るほど落ちぶれてはいないよ。」

瞳を閉じると埋められた指の存在がよく分かった。解すようにゆっくりと動き回るそれは膣壁に埋め込まれたスイッチを一つ一つ刺激していく。そのせいで時折私の四肢は震え、背中が仰け反り、腰が跳ねる。この繰り返しで馬鹿になるのだ。電子回路がイカれたみたいに。

「………クジャ、もっと。」
「安心しなよ、言われなくてもそのつもりだ。」

彼は私の胸に唇を這わせる。何処から送り込まれたのか、艶を含んだ吐息が喉元から堪えきれずに溢れ出た。指先が奥へと触れ、舌先が胸の突起を舐め上げる。それ以降の順番は覚えていない。ただ肌に感じる彼の香りに全身が蕩けてしまいそうだった。

「ねえ、頂戴…」

私を見上げた彼の銀髪が揺れた。私は月明かりによく馴染んだ後ろ髪に吸い込まれるように指先を通した。

「知ってるかい?」

しなやかな上瞼が僅に下がる。

「君が思うほど僕はお人好しじゃないんだ。」

細められた瞼の隙間から覗くブルーの瞳が艶かしく揺らめいた。

「クジャ……っ」

肩に回した腕に力が入った。そうでもしないと身体が崩れてしまいそうだった。彼は私を掻き乱す。何もかも飛んでしまうくらいに。じわじわと暖かい感触が広がっていく。彼の手首を捕まえたが意味は為さなかった。どんどん夢が醒めていく。

「クジャ、駄目っ、お願い……!」

すがるように耳元で囁いた。溢れてしまいそうだった。

「いいよ、出しても。」

ほの甘い彼の声が淡々と返ってくる。彼にはよくても私にはよくなかった。何度も首を振る間に私はついに限界を迎えた。足を伝う冷え行く感覚にシーツを見下ろせば大きく染みができていた。思考が凍りついた。どうしていいか分からなかった。

「…………だから駄目って言ったのに。」
「いいとも言ったよ。」
「そういうことじゃない。」

暫くしてこの有り様はもうどうにもならないと悟った私は怠さの残った身体を彼に預けたまま目元を拭う。彼の顔が見られなかった。

「泣くほどじゃないだろう?」

彼は私の頬に手を添えた。自然と彼と視線が合う。彼は頬の手はそのままに私の目元を親指で辿った。包み込まれている。そんな安心感といけないことをしてしまった背徳感があった。安心感が白の駒、背徳感が黒の駒、双方がチェスボードの上で向かい合わせに陣形を整え、コトコトと音を立てて駒を進める。

「だってこんなこと…」
「潮を吹いたくらいなんてことないさ。世の中はもっと広いんだ。君が知ってるよりずっとずっとね。」
「どんな性生活を送ったらそうなるのよ……」
「…………知りたいかい?」

彼は顎先を上げ少し考える素振りを見せてから、向き直った。ジョークらしいジョークというものを彼に教えてやりたかった。それ以前にこれがジョークであるという確証は今のところ得ていないが。

「遠慮しとく。」
「でも悪くなかったみたいだけどねえ。さりげなく達っちゃったみたいだし。」

黒のナイトが白のクイーンを取った。

「……!なんでそんなの知って…」
「分かるんだよ。痙攣するんだ、君の中。」

チェックメイト。事もなげに告げられた台詞に動揺した白のキングには逃げ場など残されていなかった。

「まあ、仕方ないよ。我慢できなかったんだから。頑張ったのにね。」

彼は悪戯に微笑んだ。両手にすっぽりと収まってしまいそうな元々小造な輪郭がより一層引き締まるのが、憎らしくも色っぽかった。
“ほら、まだ終わりじゃないよ”、彼はお姫様でも扱うように私を白いシーツに寝かしつけた。指先で、上頬で、ピリピリと毛繊維のような繊細な何かが肌を走る。気付いたら、彼に視線を奪われていた。彼はもう一度微笑んだ。

「お望みのものをあげようか?」

答える間もなく私の口は彼の唇に塞がれた。濃厚なキスの合間に宛がわれた彼の質量がゆっくりと私を押し拡げていく。

「ん…」
「いつになく酷い濡れ様だね。待ち遠しかったのかい?」

彼が軽く腰を揺すればすがりつかんとせんばかりに蜜が絡み水音を立てた。それが恥ずかしくて私は彼の腰に足を回して固定した。

「………駄目。」
「駄目ならこんなことにはならないけれど。」
「やっ、クジャ……」

私の制止などお構い無く彼は混ぜるように奥を責めた。彼の先端が最奥を掠める度に膣壁が収縮を繰り返し彼をぎゅうぎゅうとくわえ込む。彼の手が蕾に触れた。

「ぁっ…」

配線がショートしたみたいに身体がびくついた。彼は濡れた指先でくるくると蕾を撫で回した。気がおかしくなりそうだった。

「#name#、どうされたい?」

彼は私の顔の横に手をつき動きを止めた。肩にかかった銀髪がさらりと落ちる。静まり返ったベッドルームを月明かりのみが照らしていた。

「続けて。」
「続けたら壊れてしまうかも。」

彼は態とらしく首を傾げてみせた。誘導だ。用意したばかりの月へと向かう階段の前で彼は私に手を差し伸べた。全て分かっている。けれど何だってよかった。

「壊していいよ。」

単(ひとえ)に彼で満たされたいのだ。
彼は小さく笑った。

「淫乱。」

彼は私の足を肩に掛けると大きく腰を打ち付けた。それからは言葉を交わすことはなく、ひたすらにお互いを求め合った。これほどまでに狂ったような夜は初めてかもしれなかった。最後を迎える直前に彼は一言溢した。



ーーー朝には消えているだなんて、在り来たりなストーリーなら充分だよ。



彼は私の中に全てを吐き出した。



ーーー大丈夫。私、月の人じゃないもの。



私は呟いた。その後すぐ私達は抱き合ったまま睡魔に呑まれた。彼が私の手を握り、“君がいないと駄目なんだ”と言った気がしたが本当に口にしたかどうかは定かでない。



***



「……これ、ちょっとあんまりじゃない?」
「汚したのは君だよ。」

シーツに埋もれたまま彼は答えた。起きたままの姿の上にガウンを羽織った私はキングサイズのベッドを見下ろし、先にシャワーを浴びるか昨夜の惨事をどうにかするかで悩んでいた。

「それってなんか無責任。」
「そうかい?昨日の夜をよく思い返してみなよ。滅茶苦茶にして、もっとして、頂戴、壊して…全て君が言った言葉だ。これほど煽っておいて無責任だなんて言ったものだよ。呆れを通り越して感心するね。」
「私そんなこと…!」
「言ったよ。」

返す言葉が見つからなかった。私はせめて赤らんでいるであろう頬を見られないように顔を背ける。

「私シャワー浴びてくる!」
「僕も浴びる。」

ふと逃げ道を思い立った私はくるりと身体の向きを変えたが杭を打つように彼の声が背中に刺さった。振り返ると彼はよれたシーツから上体を起き上がらせたところだった。

「ちょっと待って、なんで…!?」
「なんでって、身体を洗いたいから。それ以外に理由があると思うかい?」

私はソファの背もたれに掛けられていたガウンを渋々彼に手渡した。受け取ったガウンに腕を通し軽く身体を伸ばすと彼はだるそうにベッドから腰を上げた。目線が高くなった彼の顔を一瞥すると私は浴室へと足を進めた。その後を彼が欠伸をしながら付いてくる。

「昨日寝る前に君がいないと駄目だとかどうとか言わなかった?」
「さあね。」
「ところで何もしないよね?」
「その時の気分次第だよ。」

私は浴室の前で立ち止まった。

「やっぱり私、後でもいいかな…」
「もう遅い。」

彼はドアノブに手を伸ばし、半ば強引に私を浴室へと連れ込んだ。私に選択肢は用意されていないようだった。