Hi Betty!

イースターの話

「この部屋の有り様、信仰深くて何よりだよ。」

二人で過ごすには広すぎるリビングルームでは、色とりどりの卵が溢れんばかりに盛られた幾つものバスケットが部屋の余白を彩っていた。ソファで足を組むクジャの膝の上と両サイドにもバスケットが置かれ、彼もまた卵の中に埋もれんとしている。

「それにしても、随分と芸術的じゃないか。この書き殴ったような筆筋、素晴らしいよ、画伯。」

彼は手に取ったイースターエッグを額の先でくるくると角度を変えながら眺めている。女性のように色白で細い腕。しかし、紛れもなく彼は男性だ。性別上当たり前にそうであるが、私が言いたいのはそういうことではなく、女性のような柔らかさは兼ね備えている、けれど滲み出る雰囲気が男性なのだということだ。

「相変わらずお上手ね。腹立たしいくらいに。」
「それはよかった。茹で上げられた生命がこんなにもたくさん、落書きされた棺桶の中でミイラにされるんだ。誉め言葉の一つも言いたくなるさ。動物好きな何処かの団体にでも見つかったら、吊るし首にでもされそうだよ。」

私の視線は淡々と皮肉を連ねるクジャの手元にあった。このままずっと見ていたら虫眼鏡のレンズを通過した太陽光みたいに彼の皮膚を焦がしてしまうかもしれない。それくらいの熱量が込もっている気がした。

「ミイラにはならないわ。ちゃんと茹で卵の役割を果たしてもらうから。」

顔の横の掌で弄ばれていたイースターエッグの動きが止まった。彼の掌に乗ったそれは子供用サイズであるかのように一段と小振りに見える。

「#name#、エイプリルフールはもう終わったよ。」

クジャは冷めた眼差しでイースターエッグをバスケットへ戻した。たった今戻されたイースターエッグを含めバスケットの中の卵達はどれも似たり寄ったりの大きさだ。

「うん知ってる。」
「…それで、自棄になった成果はあったのかい?」
「見ての通り、芸術的な出来映えのまま。」
「だと思ったよ。君には丁寧さというものが著しく足りていない。」

ふわりと掌が翻る。クジャは何かに気付いたように首を傾げた。

「さっきから何をじっと見ているんだい?」

緩やかに弧を描いた瞳の中心でブルーの虹彩が真っ直ぐに私を捉えた。言葉が出てこない。いや、言葉は確かに思い浮かんでいる。けれど彼のシレスティアルブルーが私の言葉を全て吸い込んでしまうのだ。頬にほんのりとした熱だけがこびりついたように残っている。

「まさか、見惚れてただなんて言わないだろうね。」
「そんなんじゃ…」
「まあ別にそれでもいいけど。」

やっと出てきた尾尻のはっきりしない声はしばらく宙を漂い、関心というものが全く込められていない彼の言葉に掻き消された。彼はバスケットを膝から下ろし、再び卵を弄り始める。

「これは少しまともじゃないかい?」
「まともって………」
「本当に少しだけどね。」

クジャはテーブルに数回、“褒めた”ばかりのイースターエッグを打ちつけた。それから細長い指先で剥がされた卵の殻がパラパラとテーブルの上に散りばめられていく。行動の意図が分からずに、呆然とする私の前で彼は剥き身の茹で卵をかじってみせた。

「塩くらいはあった方がいいね。」
「かけなかったのは自分じゃない。あとその殻なんとかしてね。」
「ふふ、眉間に皺が寄ってる。」

彼の口角が上がった。今度は私が先程のイースターエッグに代わって彼の観察の対象となった。あのポジションもあまりいいものではないのかもしれない。二本の指で摘ままれた試験管が三六〇度回転する。一周すればまた逆向きに三六〇度。繰り返される動作の中で舐めるような視線を注がれ、試験管と共に何度も回され続けているのが私である。そんな情景が頭をよぎった。

「…私を弄ばないでよ。」
「ん、弄ばれてたのかい?」

失言とはまさにこのことだ。彼の敷いたプロセスをしっかりと踏んでいる。微笑みの裏で渦巻く好奇の色がそのことをよく示していた。

「なんでもない、忘れて。」
「知ってるかい?隠し事は気になるものなのさ。クローゼットからはみ出た洋服の端みたいにね。それと、不自然な赤ら顔もかな。」

私は頭を抱えた。食えない男だ。そして、意地の悪い男でもある。

「どうせ聞かなくったって推測はついてるんでしょ?」
「あくまで推測にすぎないよ。だから事実は分からない。」
「じゃあ知らなくていい。」

顔を背けた瞬間、手首を引かれる。よろけた身体はクジャを背にして抱き止められた。隣にあったバスケットからは卵が一つ音を立てて床に落ちる。それを眺める私の唇にはひんやりとした何かが押し込まれた。

「やっぱり塩が欲しいだろう?」

クジャは訳も分からず卵をくわえたままの私の顎に手を添え、顔を覗き込む。

「今日の君は表情が豊かで面白いよ。」

満足そうに微笑む彼の唇がただ瞬きを繰り返す私の頬に触れた。