Hi Betty!

窓から落ちた銀色

目の前には分解した銃のパーツと用具類が厚手の布の上にところ狭しと並べられている。私はその一つ一つを手に取り、棒に布をつけたものやら、ブラシやらで汚れを取り除いては油を注したり、を繰り返していた。それが済んだらこれらを元通りに組み立てる。そうして愛銃の手入れは終了する予定だ。暫くぶりの掃除であるのと、元々汚れやすい構造であるのとで、手元にある布は所々が真っ黒に染まっている。

「随分懐かしいものを引っ張り出してきたね。殺人でも計画してるのかい?」

偶然通りかかった彼は軽く冗談を口にしながら銃の置かれた布の脇にしゃがみ込むと、それらを一通り眺める。

「まさか。暫く放置してたから手入れしてただけ。使えなくなったらもったいないもの。」
「僕はこれが使われているところをほとんど見た試しがないんだけど。」
「たまに使ってたよ。あんまり遠くだと狙えないんだけどね。最近は散弾銃ができたんだって。近距離で使うものだから私にはそっちの方が合ってるかも。」
「君は何を目指してるんだい?剣だって何種類も買い集めて…」

本来ならば、武器の形状は頻繁に変えるべきではない。形状が大きく変われば変わるほどに、当然に必用とされる動作も大きく変化してしまう。よって大抵の戦士はこれという武器が決まれば、買い替える時も似通った動作の武器を選ぶ。究極的には、ベアトリクスのように一つの武器を使い続けるのが一番なのかもしれない。
とは言っても私は武器を極める気など更々なかった。私にとっての武器は丸腰でどうにもならない場合の保険で、一番得意としているのは体術だ。わざわざ武器を持つ理由は、攻撃を防ぐ術を持ち合わせていないことと、モンスターによっては、彼らにダメージを与える前に自分の身体が壊れてしまうなんてことが起こり得るからだ。
あとは、単純に好奇心もある。両刃に片刃、大きいものから小さいものまでバリエーションは豊富であることに越したことはない。
そんなことを考えている間に、彼の言葉で私はまた失敗したことに気づかされる。私は彼にこういった一面を必用以上に見せたくないのだ。もう既に知れているとしても、何処か落ち着かない。

「集めてるとかじゃないけど増えちゃったの。」

咄嗟の嘘はさぞ稚拙だったことだろう。彼はお手上げだとでも言いたげに、首を横に振った。

「出会った頃は君がそこまで武闘派だとは思いもしなかったよ。」
「少し触ってるだけよ。武闘派じゃないわ。」
「そうかい?君からその手の話はいろいろ聞くけどね。サラマンダーと手合わせをした話とか、アレクサンドリアの裏通りでの話とか。」

何故そんなことまで彼の耳に入っているのか。誰のせいかは容易に想像ができるが。

「ジタンね…」
「それだけじゃないよ、酔っ払った君も言ってた。」
「…信じられない。」

彼にはいつも、私は酒を飲むべきではないと言われるのだが、彼の言い分にも一理あると感じたのは今日が初めてだ。

「残念ながら事実だ。少し面白くないよ。僕には隠すくせに、ジタンには全く取り繕わないんだから。」
「姫にだってアレクサンドリアでの話は口が裂けても言えない。」
「でもジタンには言うだろう。」

ジタンにもけして多くを語ったつもりはない。ただ彼の方が私のそういった行動を知りやすい境遇にいただけなのだ。クジャはほんの少し悔しいのだろう。彼もやはり嫉妬心というものを持ち合わせているようで、私が他の誰かに自分よりも信頼を寄せていると感じる瞬間には若干ではあるものの、不機嫌さを垣間見せる。よって、私がブラネ様の話をする時は今でもつまらなそうな顔をしていることがある。

「やきもち?」
「…違う。見え透いた隠し事が好きじゃないんだ。」

不服そうに眉を寄せ、それらしく否定してみせる彼が、どんなに問い詰めようと頑として認める気がないのはすぐに推測ができた。見た目通りクジャはプライドが高い。

「意地っ張り。でも私、クジャにその手の話をするのは嫌。更に釣り合わなくなりそうだもん。」

彼は出来すぎている。身長は高く、顔は小さい。通った鼻筋に切れ込んだ瞳の繊細な質感は彫刻家の空想作品であっても表現は難しいのではないだろうか。それに加えて、貴族の肩書きと女性に対する紳士的な態度を合わせれば、誰に見せても申し分のない貴公子である。そんな彼に、私のアレクサンドリアでの悪い意味での武勇を語って聞かせる姿など想像しただけで面映ゆい。私とて、一応気にはしているのだ。

「釣り合わないことはないだろう?」
「たぶんどう見ても合ってない。」
「なんだかんだ、均衡は取れてるものさ。」
「そんなの慰めだわ。」

自然と強くなる語尾に気付いて、私は額を押さえた。何も、むきになる程のことでもないだろう。

「本当にそう思って言ってるんだけどねえ。僕はお世辞じみた嘘は得意じゃない。」

後頭部を介して頬に触れる温もりのこもった手に導かれるまま、私は彼の胸元に引き込まれる。

「それに、価値のないものに惹かれるくらい目が利かなくなった覚えもないよ。僕は君の為なら、この“いつぞやの最新兵器”に運命を委ねてもいいと確かに思ったんだ。」

彼は布の上でばらされた、数年前は最新兵器と呼ばれていたそれに目配せした。幾度か修理を施され、多少パーツに変化はあるものの、その当時と変わらぬ銀色のボディは今でも神秘的だった。

「…物好きね。」
「そうでもなきゃ、オークション会場なんて作っていないさ。オークションの出品物だって、もしかしたら誰の目にも留まることなく永久に忘れ去られていたかもしれない。でもそれを見つけ出して、少しばかり演出してやれば誰かにとって一生の宝物にも成りうるんだ。僕にとっての君は何にも代替が利かない一生の宝物だよ。僕ほど君に手をかける奴はいない。」

クジャはくしゃくしゃと私の髪を弄びながら、誇負するかのように柔和な笑みを浮かべる。彼の物言いは大袈裟だが、本当にそうであるような気がしてくるのだから不思議だった。

「嬉しいけど、ちょっと盛りすぎじゃない?」
「割増で返してもらうから問題ないよ。」
「…割増?」

それは私が彼以上の表現をしろということなのだろうか。だとすれば、途方もない話である。エッジの効いたパンチラインならいくらでも思いつくのだが、この際は役に立ちそうもない。

「そう、別の形でね。」

クジャは私のこめかみを両掌で挟み込んで捕まえると、私の下唇の端から端までを舌先で辿り、啄むように唇を重ねた。口付けが深くなるに連れて、片方の手は後ろ首を支え、もう一方は身体の線を堪能しながら徐々に下へと落ちていく。

「んっ、クジャ…」

呼吸が苦しくなってきた頃合いで唇は解放され、私の身体はくるりと向きを変えられた。背中側から回された手が豊満とはいえないバストを掴み、だらしなく投げ出された足を立てろと促すように膝裏を持ち上げ、内腿へと上り詰める。

「ベッドに行こうか。」

クジャは下着の端をなぞりながら耳元で小さく声を溢すので、私は黙って頷いた。